7月10日



 彼が目を覚ましたときには、学園の保健室のベッドの上であった。 「気がつかれましたか?」  そう言ってベッドの横に座る彼女に、鳴海は軽く手を上げ返事をした。 「保険医の先生は?」 赤色の制服を着ていることで、学年一年の生徒だということは見てわかった。 保険委員か何かなのだろう。 「先生は今、お出かけになられてます」  彼女は、鳴海の頭の下から氷枕を取り出すと傍らの机の上に置いた。 「鳴海先輩、大丈夫ですか?」 起き上がろうとする鳴海に手を添えようと、彼女は近寄った。 それを彼は手で制して、上半身を起こした。 「今、何限?」  鳴海が聞くと、「三限が終わったところです」と、彼女は答えてくれた。 「わるい、昼休みまで寝てるから。後は適当に頼む」  そういい残すと、彼は再びベッドに横になった。 「ふふっ、先輩らしいですね。分かりました、おやすみなさい」  そういい残すと、彼女は氷枕を持ってベッドから離れると、仕切りのカーテンを 閉め立ち去った。  ドアの閉まる音を聞いたあと、彼は思い出した。 「彼女と面識あったっけな?」  しかし些細なことは気にしない性質の鳴海は、早々に彼女のことなど 忘れ再び眠りについた。 とはいえ、今までは気絶していたのであって、昼間からそう寝られるものでもなかった。 鳴海は今朝のことを思い出し、いろいろ考え始めた。 今日のあの速瀬の態度、それに自分自身の気持ち。どこかでつながっているようではあった。 だけどそれを認めるということは、速瀬との今の関係を崩すのではないか。 その不安が彼によぎる。 しかし、なるようにしかならない。そう思った鳴海は、昼休みは戦場となる購売に 早めに行くことに決め、支度を素早くすると保健室を後にした。  購売で一番人気の焼きそばパンを難なく手にすると、コーヒー牛乳を買い、 校舎裏の丘へと向かった。立ち入り禁止ということもなく、別段近寄りにくい場所でもない。 しかし彼以外、この場所に来るものはほとんどいなかった。 「こんないい景色なのにな」  鳴海は丘の頂上にある木の根元に腰掛け、パンを一齧りし一息つくと目の前の景色を 眺めてつぶやいた。鳴海の言う通り、その丘から見える風景は、手前に彼も住む町並みと その先には青く広がる海。そして夏特有の真っ白く山のように立ち上る入道雲と澄んだ空。  ここにいると、小さなことなど考えたくはない。 すべては自然の流れるままに。時折流れる風に身を洗われながらの休息。 ぼんやりとしつつ、いろいろ考えをめぐらしたが結論は出ない。 「なるようにしかならない、か」  鳴海は自分に勢いづけると、予鈴の鳴り始めた校舎に向かって歩き始めた。  彼が教室の扉を開けたとき、視線は真っ先に速瀬の座席に向いていた。 彼女も、扉の開く音とともに振り向いていた。自然、二人の視線は重なった。 「孝之っ。大丈夫?!」  そういって、速瀬は駆け寄ってきた。 「一限ずっとついていたんだけど、目を覚まさなくて」  本当に心配だったのだろう。彼女は不安な表情のまま彼を見つめていた。 「そんなに心配するなら、もう少し手加減しろよ。 お花畑で、お姉さんいっしょに白詰草の冠作ってたぞ」  彼は軽い冗談で、場を和ませようとしていた。 「なにいってるのよ?」  鳴海の冗談も理解できないくらいゆとりのない速瀬は、 しきりに「大丈夫?」と心配していた。 「あぁ、平気だ。それ以上心配するな」  彼のきっぱりとした言葉に、速瀬は不安な顔から安堵の表情に変わるとほっとため息をついた。 「本当にごめんなさい、まさか完全に気絶するとは思いもしなくて」  かわいい殴り方ではなかったのは、記憶にあった。しかしあまり責めてもかわいそうだと、 鳴海は彼女に向かって一言「気にするな」の一言だけ言うと、自分の席に座った。  速瀬もほっとしたのか、自分の席に座ると教科書を開きノートのチェックをはじめた。 不思議に思い、隣の席にいる生徒に聞いたら、五限目はリーダーの小テストになっていたらしい。  天国に近づいた午前中とは打って変わって、彼には地獄の午後の始まりであった。

<次へ>


・あとがき・

「恋戦」プロローグ3 告白
どうやら本家age様より、ふぁんでぃすくなるものが発売のようで。
展開はどうなるかわかりませんが、ひょっとすると……
え〜、これの構想は既に2年前からあったので
パクリではないのであしからず。
しかし、構想あっても文章力がついてこないのは
これまたどうしようにも有りませんなぁ…


ちなみに。2004夏コミの新刊は、これで行きます