7月10日



 六限目も終わり、机にぐったりしていた鳴海も放課後ということで 少しは元気を取り戻した。 「慎二、慎二」 鳴海の親友、平慎二に近づくと、話しはじめた。 「何? ひょっとして……また宿題?」  痛いところをついてくるやつである。 「違うって! オマエ今週のガメスト見た?」  受験勉強に追われる前は、ゲームセンターにもよく行っていた二人である。 鳴海は興奮気味に、最近見たゲーム雑誌の新型ゲームの話をしていた。 「神攻電脳バルジャーノンとか言うらしいぜ」  鳴海は、少し興味を持ったらしい慎二に熱く語り始めた。 画面のすごさや同時プレイの対戦の面白さを妙に熱い調子で語っていく。 興味を持った慎二は、ひとつ気になったことを鳴海に聞いた 「ところで、それメーカーどこ?」 「サガ」  妙な沈黙と緊張が、二人の間に生まれる。 「…………まあ、将来性、言うだけは……タダだから」  慎二はそんなさめた一言で会話を終わらせてしまった。 鳴海は「む」と唸り声を上げると次の言葉に詰まった。 もっとも、慎二は別陣営のシンパなので、これ以上熱く語っても、 空しいことになるのは彼自身よく分かっていたが。  そんな時、廊下から鳴海を呼ぶ声が聞こえた。 「孝之、ちょっといい?」  声の主は、速瀬であった。鳴海は、近づかず呼び出しをかける彼女の横着さに、 不快感を感じた。 「なんだよ。用があるならこっちに来いよ」  鳴海がそう呼びかけるも、速瀬は廊下から動かず「いいから」と言って、 睨みを利かせ手招きをしている。  鳴海は内心「そんな睨まれて怖くていけるか」と、近寄らなかった。 が、その後の仕打ちを考えるに、やむを得ず自分が行くしかないとあきらめた。  席を立ち、廊下に出ると速瀬に向かい問い掛けた。 「……何だ?」 「あのさ、今日の放課後……用事ある?」  唐突の速瀬の質問に、鳴海は特に無いと答えた。その答えに、 少しほっとしたようなそれでいて残念そうな表情を浮かべる。 そして、少し付き合ってほしいと彼に提案をした。鳴海のどこに行くかという質問に、 「それはあとのお楽しみ。とりあえず、あの丘に来て欲しいの」  と、秘密めいたぼかした言葉で場所を指定した。 あの丘というのは、いわずもがな鳴海が今日の昼間にも行った校舎裏の あの丘のこと以外には考えられなかった。 「丘あ?」  何でそんなところに? と、鳴海は言う。 「そっ! あ、でもそのことは絶対ナイショにしててね。 慎二君もダメだよ?」 慎二にも内緒。何だって言うんだ、一体。鳴海は考えながら彼女に向かって、 何故? と質問をする。 「なんでも。これ、一生のお願いなんだから。ね、孝之」 一体なんだって言うんだ? 彼には得体の知れない状況に何をどう考えていいのか、不思議で仕方がなかった。 誰にも知られたくないからわざわざ廊下に呼び出したのは分かる。それが一生の お願いで丘に来てくれとは。一体何が起きるのか、想像がつかない。ここは話を はぐらかす意味でも、空気を換えたほうがいい。鳴海は少し意地の悪い質問を彼女にした。 「にしても、今度の『一生』はどのぐらいだ、速瀬?」 もっとも、彼女は「一生のお願い」を普段から頻繁に使っていたからというのもある。 「…………今までで、いちばんだよ」  その言葉とともに、速瀬の真剣な表情を見て鳴海は驚きを持った。 そして、今日のその言葉の重さの意味を、感じ取ることが出来た。 「だから……お願いね」 「あ、ああ……わかった」 鳴海は、短く返事をすると教室へと戻った。最後にお願いといったときの、 速瀬の表情が目に残る。一瞬の寂しげな表情。 その意味がわからず、一体何がどうなっているのかわからないまま、鳴海は慎二のもとに戻った。 「そう言えば孝之、昨日のCDだけど……まだなら今日付き合えるぞ」  そういえば、昨日そんな話をしていた。そのCDはまだ手に入れていなかった。 が、今の速瀬との約束がある。 「あっ! 悪ぃ、今日はオレがパス」  慎二には説明できないが、速瀬との約束を破るわけにもいかない。 「まぁ、わかった。今日は先に帰るぞ」  慎二は何かを察したわけではないだろうが、詮索することもなく先に帰っていった。 もっとも詮索されたところで、説明できるだけの内容を、鳴海自身が理解していないのだから どうにもならないのだが。  程なくすると教室には、鳴海一人だけが残されていた。 廊下も人通りはまばらになり、グランドから部活の生徒たちの声が遠く聞こえる。 「そろそろ、かな・・・・・・」  鳴海は立ち上がると校舎を出て、丘へと向かう。夕暮れの風に乗って、青い草の香りが流れてくる。  鳴海自身感じていた。そんな些細な事に気が行くときは、自分自身が真剣に神経を 張っているときだということを。 冗談で済まされない、速瀬の真剣なまなざしを鳴海は思い出した。  その表情の意味は、まだわからない。  分からないままに進んでいても、丘の頂上は現実として目に入るところまで来ていた。 彼らが言う、あの丘。校舎裏にあるこの場所は、どこかに行くというのであれば、 見当違いの場所である。街に出るにしろ、また校舎に戻らなければならないのだから。 だから速瀬がここに鳴海を呼んだのは、目的地がこの丘だったということ。 そこで彼は悩む。何故ここに呼び出す必要があったのか。考えれば考えるほど、 頭の中で思考は絡まり解けない。 もう、詮索はしないほうがいいのだろうか。あって直接聞けば、すべては分かるはずじゃないか。 鳴海の足が止まる。彼は怯えていた。 得体の知れない不安が、少しずつ形になって見えてきたから。慎二と二人、 楽しく馬鹿をやっていた学園生活に速瀬が加わった。ほんの数ヶ月なのに、 まるでずっと一緒にいたかのようなそんな感覚。性別なんて関係ない、 友情とかそういうものとも言わない。お互い近い距離で、楽しくやってきた仲間達。 それが終わってしまうような不安。どうして終わるのかなんて思っているのか、 彼自身馬鹿らしくもあり不安でもある。単なる自意識過剰であってほしいとも思っている。 今日一日の不思議な感覚が、すべてここにつながっていたと思うと、それは流れとして 分かりやすいことだった。 だけど彼は、予想している関係は望んではいなかった。 しかし、だからといって逃げるわけにはいかない。約束をしたからには、 丘にたどり着かなければならない。たとえ何が起ころうとも。 鳴海は再び足を動かすと、丘の頂上へ向けて歩き出した。 丘の頂上が見えてくる。 夕暮れの風が彼を吹き抜けていく。  丘の頂上に立つ大きな木の下に立つ人物は、夕暮れに照らされ紅い風景に長い影を落としていた。 一歩、また一歩と鳴海は近づいていく。近づいて話さなければいけないと思うほどに、 彼の歩幅は短くなっていく。  ざっと、大きく風が流れていった。それをきっかけに、鳴海は大きく深呼吸すると 腹を決め影へと近づいていった。 「あっ……こ、こんにちは」 「え……?」  鳴海は動揺を隠せなかった。それに、そこにいるのが誰なのかすら分からなかった。 それが速瀬でないということだけは、間違いないとすぐに分かったが。 「す……ずみやさん?」  一体どうなっているのか、鳴海は皆目がつかなかった。 そして彼の目の前にいる少女、涼宮遙は、明らかに動揺して笑顔にならない笑顔を浮かべながら、 鳴海のことを見つめていた。  何故ここに、彼女がいるのか。一体どうなっているのか、どうにも理解不能な状態である。 近くに速瀬もいるのだろうか。そもそもここにたどり着くまでに悩んでいた事は、 いったいなんだったのだろうか。前提が崩れ去ってしまった彼は、一瞬呆然としてしまっていた。  鳴海は必死に考えた。速瀬は何故自分をここに呼んだのか。 そして、何故ここに涼宮が立っているのか。何もかもが、分からないことだらけだった。 「あ……すっ、すいません! とつぜん、呼び出しちゃったりして……」 「……え? あ、いやそれは構わないけど……」  取り繕うように鳴海は返答すると、涼宮のほうをじっと見た。 「……」  彼女は、何を言っていいの分からないのだろうか。じっと黙ったまま鳴海の事を見ていた。 鳴海は考えていた。今、涼宮は「呼び出した」と言っていた。つまりそれは、 速瀬ではなくて涼宮が呼び出したということなのだろうか?  鳴海が考えているも、相変わらず彼女から話し出すことはなかった。 お互いが重い沈黙につつまれていた。 「速瀬に来るように頼まれたんだけど。ひょっとして、涼宮さんが俺を呼んで欲しいって 速瀬に頼んだの?」  切羽詰っている鳴海も、遠まわしな質問をするほどのゆとりはなかった。  涼宮は無言でこくりと頷くと、再び鳴海のことをじっと見ていた。 見ていたというよりも、睨んでいるといった風に、表情がこわばっていた。 「えっと、涼宮さん?」  幾度か会っていて、多少は分かってきたつもりだったが 今度ばかりはそう簡単にはいきそうになかった。 「あのっ!!!」  思い切ったのか、涼宮は急に大きな声で鳴海に話し掛けた。 「は、はい……」  あまりの唐突さに、驚いて間抜けな返事をしてしまう。 「鳴海君を呼んだのは、私……です。水月は、来ません」 そこまで言うと、涼宮は深呼吸して息を整えた。 「あ、なんだ。そうだったの。じゃあ話って……」  と、鳴海が聞きかけたとほぼ同時に涼宮の口からは予想だにしない言葉が出てきた。 「好きです!」  人間、極度の驚きの時には声も出なくなるというが、鳴海も声が出ない上に、 あまりの唐突さにあっけに取られていた。 「…………」 「…………」  沈黙が続いていた。お互いに何を言っていいのやら分からない状態に、きっかけをつかめないでいた。 しかし、呼び出した側のほうが強かったらしい。涼宮がようやく沈黙を打ち破った。 「……あ、あのぅ……」 「あっ……はい」  鳴海は自分自身で、何とも情けない返答だと思ったが、今これ以上の返事をすることは不可能だった。 「わ……私と……………………」 ゴクリ。 緊張のあまり鳴海ののどが鳴るのがはっきりと分かった。その後に続く言葉は・・・・・・ 「付き合って…………ください」  そこまで言うと涼宮は、両手で顔を押さえ鳴海に背中を向けた。鳴海はといえば地面に座り込んで、 脱力したまま涼宮のほうを見ていた。はっと、我に返ると今度は一体何といっていいのかと狼狽した。 頭に浮かぶどんな言葉も、しっくりとこないと感じてしまう。そもそも涼宮に、 何でそんなことを言わなければいけないのかと。考えてもいなかった突然の状況に、 パニックからいつまでも抜けられないままでいた。 「…………」 鳴海は、何と声をかけていいのかわからなかった。彼は何もいえないまま、沈黙を続けることしか 出来なかった。 涼宮は、両手をゆっくりと下げて、鳴海へと視線を向けた。泣き出しそうな表情に、 小刻みに肩を震わせながら。 勇気を出して告白したのに、相手に何も言ってもらえないのは相当につらい状況だろう。 そんなことくらいは、鳴海にだって分かっていた。早く答えを、何か言わなければ。あせればあせるほど、 発する言葉を失っていく。まさに修羅場に置かれた彼は、何をどうすればいいのか見失っていた。 もうだれでもいい、助けてくれ。 そんな風に思ったときだった。 「……ご、ごめんなさいっ」 「えへっ……そうですよね……いきなりですもん。ダメ、ですよね」  続けざまに涼宮は、一人でしゃべりつづけた。無理に明るく笑いながら。沈黙が怖いのだろう。 「えへへっ……なんかわたし……ひとりで舞い上がっちゃって……ご、ごめんなさい……」 「いや・・・・・・」 「……こまらせちゃって、ごめんなさい! それに鳴海君は、水月の事が好きなんだもんね…… ごめんなさい……」 「えぇ!」  鳴海の驚きの声と同時に、頭上の木からパキッという枝の折れる音が聞こえた。 「なんだって? 俺が速瀬のことを好きだって?」  またもや唐突な発言に、鳴海は思わず聞き返してしまった。誰がいつそんなことを言った?  いや、そんなことは言った記憶はないし、その気持ちにだって今日。今日? 「鳴海くんは、水月といるとき楽しそうだし。水月も鳴海君のことが好きだし」  ドクンッと鼓動が高鳴るのを、鳴海は感じた。速瀬が自分のことを好きだということを聞いて、 胸が高鳴っている。 「速瀬が俺のことを好きだって?」  半信半疑に涼宮に聞き返す。そんな素振りはなかったはずだと、鳴海は記憶をたどる。 しかし、そうであったほうがつじつまの合うことはいくつもあった。本当に、速瀬は自分のことを 好きなんだろうか? 「ね、そうでしょ? 水月」  涼宮の突然の呼びかけに、驚いて鳴海はあたりを見回す。 「水月、いいかげん降りてきたら。いつまでもそんなところに登ってないで」 「えっ?」  鳴海はその言葉に驚くと、頭上の木を見た。それらしい影は見えなかった。 目を凝らしてみると、たしかに不自然にゆれている枝があるようにも見えたが、 生い茂った葉に隠されて姿は見えなかった。 「降りてきて話しましょ、水月」 すると、枝が大きくゆれ二人の目の前に飛び降りてきた人影があった。 「遙、どういうつもり?」  声の主、飛び降りてきた人影は紛れもなく、速瀬水月その人であった。 「おまえ、いつからそんなところに居たんだ?」  鳴海は、話の成り行きよりもそのことのほうが気になった。しかも、よくこのでかい木に登れたものだと。 「孝之、ちょっと黙っててね」  そういって鳴海を制すると、速瀬は涼宮の前に立った。 「どういうつもりなの? 遙が告白したいって言うから、こうやってお膳立てしたって言うのに」  そんな速瀬の言葉に、涼宮はにやりと笑うと速瀬に向かって言い返していた。 「だったらなんで、あんなところにいたの?」 といって、頭上の枝を指差していた。 「それは・・・・・・」  口篭もる速瀬に、涼宮はまさに確信したと言う口調で彼女に言い放つ。 「心配だったからでしょ? 自分の好きな人に告白する人がいるのが。やっぱり水月は、鳴海くんの事 好きなのね」  涼宮の言葉に、速瀬は反論できずにいた。 「鳴海くん。水月があなたに近づいたのは、訳があるの。勇気がなかった私に代わって、 あなたの事を知るために近づいたのよ」 「え?」  そんなことがあったのかと、彼は二人の顔を交互に見ている。 「でも、そのうち水月は、私のことそっちのけで鳴海くんに惹かれていったの。 私も鳴海くんのことが好きだから、それはわかったの」  涼宮は悲しげに、鳴海のことを見つめる。その視線に、彼は戸惑いを感じる。 あの儚げな涼宮とは違い、妖しげにひきつける視線に引き寄せられていた。 「遙っ、それ以上言うのはやめて。だって孝之といる時は、私が私でいられたの。だから、 孝之のことは大切でっ」  速瀬も自分の気持ちを吐き出した。 「私は、孝之のことが好きなのっ」  速瀬の言葉に、三人に沈黙が訪れた。風にそよぐ草葉の音だけが流れていた。 「鳴海くんはどうなの?」  涼宮は、相手の気持ちを探るように静かに、鳴海に対して質問をした。 鳴海は、必死に思考をめぐらしたようだったが、「わからない」と小さくつぶやき首を横に振った。  その回答は、二人の少女にとって解決になっていないことは明白だった。 「それじゃ、私を好きになってくれる可能性もあるの?」  彼女の更なる質問にも、「わからない」と答えていた。傍から見れば、女性二人に言い寄られ、 羨ましい限りなのだろうが。本人にとっては針の筵に座らされているようなものであった。 「ふふ。じゃあ、私にもまだチャンスはあるんだよね?」  涼宮は嬉しそうに言うと、ある提案をはじめた。 「私も水月も鳴海くんのことが好き。水月は私をきっかけに鳴海くんと仲良くなったけど、 鳴海くんは私の事はよく知らない。そしてまだどちらも好きとは言っていない」  彼女がまとめた状況は、おおよそ外れてはいなかった。 「なら、私が鳴海くんと仲良くなる時間を作ってくれるのは、自然なことよね」  突拍子もない発言だが、涼宮のあまりに断定した口調に、二人は思わず頷いてしまった。 「よかった。じゃあこうしましょ」  彼女は嬉しそうに両手を胸の前で重ねると、微笑んでいる。その提案の内容は、 ある意味鳴海にとっては大変なものであった。 八月いっぱい、つまりは夏休み終わりまでを期限として涼宮と速瀬の二人に出来るだけ公平に 会わなければいけない。 お互いに自由にアプローチできるが、相手をだまし討ちするようなことをしてはいけない。 といったような感じで、二人で鳴海をいかに惹きつけられるかの勝負をしようというのであった。 「しかし、本気で二人ともやるのか?」  不安になった鳴海は、二人に確認をした。 「あたりまえでしょっ、引き下がる理由なんてないわっ」 「私だって、黙って鳴海くんを渡したくない」  鳴海は、一つ大きくため息をつくとなんとかなるかとあきらめた。 目の前の二人がお互いに熱く笑いあってるのを見て、これからの生活に一抹の不安を感じながら。 そして、何がおきるかわからない面白さに、期待をしつつ。  彼と彼女たちの明日からの生活がどうなるのか?  それは今後のお楽しみ。

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・あとがき・

「恋戦」 告白3

はい、大風呂敷広げました。
「遙が事故にあわなかったら」なんて前提すっ飛ばしてます。
あの告白の時点で、水月は孝之のことを好きだったのは間違いないわけで
あぁあ、どうなるんでしょ???