7月9日 深夜


 彼女──速瀬水月は悩んでいた。

「それがさ、孝之ったら可笑しくって」……

 電話の向こう側の親友に、今日あった出来事を話す。
 他の人が聞けば他愛の無い話であろうが、相手にとっては違った。
速瀬水月が話す友人の話、鳴海孝之の話。
それは親友、涼宮遙には大切な人だったから。

 水月は出来るだけ面白く、そして事細かに話をする。

 彼女にとっては友人の話であっても、涼宮遙にとっては憧れの人の話だ。
遙に孝之の事が伝わるように、思いついたことを次々に話していく。
彼女は電話口の親友の顔を思い浮かべた。脳裏に浮かぶ遙の表情が、ふと目に入った鏡に映る自分の顔と重なる。
鏡の中の水月はその瞬間、表情を曇らせた。見えた重なる二つの顔は、同じ表情をしていたから。

 それは、恋をしている顔。

 鏡の中の自分を見ながら心を落ち着けると、電話口の相手が静かになってしまってることに気づく。

「遙、どうかしたの?」

 彼女は問い掛ける

「急に黙っちゃって。いつもぼんやりしてるけど、完全に心ここに在らずって感じよ? ははぁん、さては。孝之の事考えてたな」

 水月は冷やかすように、遙をからかう。

「いつもぼんやりって、水月ひどいよぉ」
「あはは、ごめん。でも、どうかしたの? 何か悩み事?」
「悩みって言うことじゃないけど……」

 遙は言葉を濁らす。

「そういえば。いつもより早い時間に電話してきたけど。何か大事な話が、あったんじゃないの?」

 水月は、遙に向かって質問をする。そう、彼女達はいつも夜遅く、電話でいろんな話をしていた。もっとも内容は、水月から遙への孝之の話がメインだと言うことは変わらないのだが。水月は夏の記録会へ向けかなりの練習を積んでいて、いつも帰りが遅い。その疲れも相当なものだろうが、毎晩遙との電話は欠かさなかった。

 そして今日は、いつもより早い時間にかかって来た。

「また、孝之と遊ぶ予定を作りたいのかな?」
「いや、そうじゃないの」

 遙はちょっと困った口調で否定した。

「んー、じゃあ何かな」

 水月は、ん〜〜と唸り声を上げながら、電話口で考えている。

「でも、遙の事だからきっと。孝之のことなんでしょ?」

 水月がストレートな言葉で問うと「う、うん」と遙は押されるように答えていた。

「すごいなぁ、遙は。私も誰かにそれくらいの想いを持ってみたいわ」

 水月はその言葉で、自分の心の中を否定する。
すでに自分の心が鳴海孝之に向いていることを否定しようと。
孝之は遙の、親友が好きな人なんだからと振り払う。

「あ、あのね……」

そこに遙の声が聞こえる。

「あのね、水月。私、告白しようと思ってるの」
「えっ!!」

 遙の唐突な言葉に、驚く水月。

「近くに居られるでいいと思ってたけど……」
「ならもう少し、まだ……」

 水月は動揺し、そして遙を落ち着かせようとする。遙はその言葉を遮り、一気に気持ちを吐き出した。

「それじゃダメなの。近くに居るのに、心はすごく離れていて。それが悲しくて、辛いの。今のままじゃ、ダメなの。それに……」

電話の声が途切れる。

沈黙。

その沈黙は、重く水月に覆い被さる。遙が自分の気持ちに気づいたのかと、なぜか無性に不安になった。
耐え切れない沈黙。
彼女は気を持ち直し、遙に声をかける。

「それに? それに、どうしたの? 遙」
「えっ……」

水月は心配そうに遙に問い直す。遙が何を言おうとしているのか、不安に感じる。

──遙は気づいている?
 
ありえない話ではない。遙は一見鈍そうに見えて敏い子だからと、彼女は考えていた。
水月も次の言葉に詰まり、また沈黙が流れる。

沈黙を破ったのは、遙の方だった。

「それに、今日ね。帰り、鳴海君に偶然会ったの」

 彼女はその言葉に、自分の鼓動が一度大きく聞こえる。
孝之と遙が二人で会った事に、何故か動揺している。
何故か? 違う。彼女には理由はわかりきっていた。
会話は、続いていた。

「そこでね、初めてきちんと鳴海君とお話できたの。好きな絵本の話をして、一緒に歩いて……」
「すごい進歩じゃない、良かったね遙」

 水月は、声を躍らせて親友を祝う。しかし親友の進展が嬉しい気持ちとは裏腹に、心には影が出来る。

「だから、私。今のままは嫌なの。鳴海君の気持ち、私だけに欲しいの」

 遙は自分の気持ちを吐き出した。言葉の強さに、彼を誰にも奪われたくない気持ちを感じる。

−−そうよね、孝之は遙が好きになった人なんだから……
 水月は、ふぅと一つ息を吐き出して切り出した。

「わかった。じゃあ思い切って告白しちゃいなさい。孝之の反応見てて、まだ早いかなと思ったけど。遙がそんな気持ちだったら思い切って行っちゃいなさい」
「水月……」

何時ものさばさばとした、明るい口調で話を進める。
相手に、自分の心の奥底を覗かれないために。

「善は急げ、って言うわよね。明日、明日放課後丘の上に孝之を呼ぶから。そこで告白しなさい。ダメだったら、骨くらい拾ってあげるわよ」

 遙に有無も言わせず、水月は事を決める。

「うぅ〜水月ぃ〜。不安にさせないでよぉ。でも、頑張る」
「あははっ。遙、しっかり頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、明日」

 二人は電話を切る。それぞれにいろいろな想いを抱えながら。
 七月十日、午前零時。これから待ち受けている新たなる戦いの日々に、二人はまだ気がついていなかった。

 もちろん、彼女達の相手、鳴海孝之も。

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・あとがき・

「恋戦」プロローグ2 水月サイド
簡単かと思いきや、同じシーンを二人の描写で書くというのは
これまた恐ろしく難しいもので……
さてはて、明日はいよいよ告白ですw
いかなる展開で行きますやら。
お楽しみにw

ちなみに。2004夏コミの新刊は、これで行きます