友達の顔


 昨日片付けたはずの酒瓶は、また部屋に散乱していた。
 速瀬水月は、今日も彼の部屋を訪れ、世話をする。

「一体どこで買ってるのよ。まだ未成年だっていうのに」
「あぁ」

 壁にもたれかかる孝之は、生気の無い声で答える。

「こんな姿、元気になった遙に見せられないでしょ?」

 母親が子供にやさしく諭すように、彼女は孝之に優しく語りかける。
 遙という言葉に、ピクリと彼は反応する。

「どんなに待っても遙は……遙は、起きないんだ」
 彼は力なく言うと、うなだれた。

「そう。じゃあ忘れちゃいなさいよ」

 彼女は、冷たく、突き放して言った。

「お、おいっ 今なんてっ!」

「遙の事、忘れちゃえって言ったのよ」

 急に声を荒げる彼に怯むことなく、水月はたたみかけた。

「なんてことっ」

 孝之は、水月に向かって手を振り上げた。

「殴ってもいいよ。そしたら手の痛みで、私がここにいるって判るから。夢じゃない現実だってわかるから」

 水月は怯えることなく、彼の目を真直ぐに見返した。睨み付ける彼と、視線が絡む。

「やっと私のこと見てくれたね、孝之」
「なに言ってるんだ?」

 悲しげに、でも優しく微笑む彼女に孝之は当惑した。

「今、あなたの目の前にいるのは誰?」
「なに言ってるんだ? 他に誰か居ると……」
「まじめに聞いてるの。答えて」
「はや…せ……」

 力強い彼女の言葉に、孝之はたじろぎ答える。

「そうよ、速瀬水月よ。あなたのことを好きなっ」
「なっ……」

 孝之は驚きを隠せず、声を漏らしてしまう。

「孝之こそ目を覚まして。目の前のあなたを大好きで、守りたいと思ってる私を見て。遙が、じゃないの。今の孝之を、私が……私が見てられないの、辛いのよ」

 彼女は一気に言葉を吐き出すと、孝之をじっと見つめた。その目から、大粒の涙を流しながら。

「速瀬……」

 水月は孝之を胸に抱き寄せると、そっと頭に手を添える。

「孝之がんばったね… もう一人じゃないから、私がいるから」

孝之は無言で、彼女の胸の中で泣いた。互いがそこに居ることを感じながら、二人はその場で静かに泣いている。
孝之がふと顔を上げると、二人の顔は自然と近づいていった。
そして、そっと口付ける。

唇が離れ見つめ合う二人の顔は、もう友達同士の顔ではなかった。


・あとがき・

2003年夏コミのペーパーに掲載したSS。
「悲しい噂」と同じく、古内東子さんの曲を聞いていて書き出したもの。
友達と恋人の境目。どこかあるのかと思うのですがどうなのでしょう?
恐らく二人の表情とか心に、ある種の変化があるのだと思うのですが……
いかがでしょう?